


このたび、祐天寺各所に展示されたアート作品を鑑賞・表彰する
『祐天寺インスタレーションフェスティバル』が開催された。
私の脳内で。
美術館というホワイトキューブに閉じこめられることを拒否した
先鋭的な作品の数々を、存分に堪能していただきたい。

■ 作品No.1 「壺中」

中国の故事に「壺中の天」という話がある。
ある男が薬売りの壺の中へ入ると、そこには別世界があり、
美酒・佳肴(かこう)を心ゆくまで楽しむことができたという。
この道端に置かれた3つの壺は、日常世界を異化し、
まるで壺中へ誘うかのように観者の知覚を揺さぶる。
■ 作品No.2 「consume」

ずらりと並べられたボトル。
それはどこまでも途切れることのない、欲望の行列である。
大量生産・大量消費社会への批判と
豊かさへの共感がない交ぜとなった、悲しき芸術。
ポップアートが今、祐天寺の路上に蘇る。
■ 作品No.3 「網宇宙」

同じ形が二度と再現できない「網の流れ」を、
作者は一回性の芸術として表現している。
偶然生まれた形は、しかし
コンピュータグラフィックスが描いた
星雲の解析図のように美しく、普遍性を持つ。
■ 作品No.4 「白と黒の彫刻」

人が上にまたがって乗ることができる作品。
いわゆる参加型インスタレーションである。
その光景はあたかも人間がパンダを乱暴に組み伏せているかのようだ。
人間の都合で捕らえられ、動物園で見せ物にされているパンダの悲劇を、
作者はあえて人を上に乗せることで表現しようとしている。
■ 作品No.5 「傘に電球」

ビニール傘の中に電球。
シュルレアリストが言う
「手術台の上のミシンとこうもり傘の出会い」への、
祐天寺からの回答と言えるだろう。
思いも寄らない組み合わせが現実に歪みをもたらす。
■ 作品No.6 「もう一つのペットボトリング」

廃材にくくりつけられたペットボトルから、
枯れ枝と針金が飛び出ている。
ジャンクアートに分類することができるだろう。
人工と自然の共存を模索する現代文明の姿を
プリミティブなアプローチで表現した。
■ 作品No.7 「黄色いハンガー、あるいは解体された言語」

葉の落ちた裸木に、大輪の花のような
洗濯物干しハンガーがかかっている。
おそらくハンガーそのものに意味はない。
「いったいここで何があったのだろう?」と考えさせる、
それこそが作者の狙いだ。
■ 作品No.8 「二宮くん」

大竹伸朗が自由の女神のレプリカ像を作品としたように、
この作者は二宮金次郎像を選択した。
植え込みに突如現れる二宮金次郎は、
我々がシミュラークルな世界に生きていることを示唆している。
アウラなき偶像、二宮くん。
■ 作品No.9 「鎖にくくりつけられた5つのレジ袋」

ミニマルなレジ袋の列が、
向こう側/こちら側の境界線を強調し、
観者と作品との関係性を問い直す。
祐天寺インスタレーションフェスティバル 、
グランプリ受賞作品。

以上、妄想に付き合わせてしまいまして、ごめんなさい。
私はいつもこんなことを考えながら散歩してます。
無理やり付けた解説文は、もちろんデタラメ。
でも、こんな街の見方があっても
いいんじゃないかな、と思ってます。
なんでもない風景に、不思議と愛着がわいてきますよ。
「街角インスタレーション」、
みなさんも見つけて遊んでみてはいかがでしょう。


ライター、ピクティスト。

1972年生まれ。

2001年よりピクトさんの収集・研究を始める。

2003年、Web上に「日本ピクトさん学会」を設立。

2007年・2008年に「東京カルチャーカルチャー」にてスライドショーイベント「ピクトさんナイト」を開催。

ピクトさん学の普及に努めている。


